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2020年6月28日 実践リーダー学   佐藤一斎『重職心得箇条』に学ぶ 講師川島健氏

実践リーダー学

~ 佐藤一斎『重職心得箇条』に学ぶ ~

 < 佐藤一斎という人物 >

・1772年(安永元年)10月20日、美濃岩村藩(岐阜県恵那郡岩村町)の家老の子息として生まれる。

・この時の岩村藩主の御曹子であり5歳年上の林衡(後の林述斎)と、実の兄弟のように仲良く学問に励んだ。この林述斎は江戸幕府直轄の教学機関、昌平坂学問所の大学頭(大学総長)となり、述斎の亡くなった後1841年より大学頭を継承した。

 現代流に一言にしていえば東京大学総長を務めた人物である。

・一斎先生の門をくぐった者は三千人を数え、そうそうたる人物が顔を並べている。

 佐久間象山・山田方谷・横井小楠・大塩平八郎

 また佐久間象山の門下から、吉田松陰・橋本左内・勝海舟・坂本龍馬

 さらに吉田松陰の門からは、高杉晋作・久坂玄瑞・木戸孝允・伊藤博文・山県有朋

 直接の門下生ではなかったが、一斎の書いた『言志四録』に感動して、これを生涯の座右の書としていたのが西郷隆盛である。

・現在、日本の経済では、あらゆる企業が生き残る道を模索している。そのような状況の中で、企業組織の構造改革、そして管理職の意識革命のための必読書として現代に浮上してきたのが、佐藤一斎先生の書き下ろした『重職心得箇条』である。

< 重職心得箇条 >

・1826年(文政九年)、一斎先生55歳のとき、五代目岩村藩主の松平乗(のり)美(よし)に頼まれて、藩の重臣向けに書いた指導書。

・「人の上に立つ人」には、日常、どんな心構えが必要なのか。また、どう考え、どう行動すれば、「人の上に立てる人」になれるのか。失敗を許されない厳しい環境下にあって、指導者として、また部下を持つ上司として、「これだけは不可欠」と訓えた、一斎先生の渾身の書である。

重役(管理職)が普段から心得ておくべき要点を、短く、明快に示している。

・当時、他にこのような書はなかったため、噂を伝え聞いた諸藩が続々と使いを岩村藩に派遣して、これを筆写させてもらったということである。

< 重職心得箇条 >

◆第一条 「人物」の条件

◆第二条 部下の活用

◆第三条 不易流行

◆第四条 前例と変革

◆第五条 タイミング

◆第六条 バランス感覚

◆第七条 無理押付の戒め

◆第八条 重職の禁句

◆第九条 人に任せてはいけない仕事

◆第十条 優先順位

◆第十一条 包容力

◆第十二条 素直

◆第十三条 抑揚と調和

◆第十四条 省くということ

◆第十五条 表裏なく「本心」で動け

◆第十六条 情報開示と守秘

◆第十七条 人心一新

 

◆第一条 「人物」の条件

心に油断なく軽挙をつつしみ、威厳を身につけよ

重職(じゅうしょく)と申(もう)すは、家國(かこく)の大事(だいじ)を取計(とりはからう)べき職(しょく)にして、此(この)重(じゅう)の字(じ)を取失(とりうしな)ひ、軽々(かるがる)しきはあしく候(そうろう)。

大事(だいじ)に油断(ゆだん)ありては、其(その)職(しょく)を得(え)ずと申(もう)すべく候(そうろう)。先(ま)づ挙動(きょどう)言語(げんご)より厚(こう)重(じゅう)にいたし、威厳(いげん)を養(やしな)ふべし。

 重職(じゅうしょく)は君(きみ)に代(かわ)るべき大臣(だいじん)なれば、大臣(だいじん)重(おも)ふして百事(ひゃくじ)挙(あが)るべく、物(もの)を鎮定(ちんてい)する所(ところ)ありて、人心(じんしん)をしづむべし。斯(かく)の如(ごと)くにして重職(じゅうしょく)の名(な)に叶(かな)ふべし。

 また小事(しょうじ)に区々(くく)たれば、大事(だいじ)に手抜(てぬかり)あるもの、瑣末(さまつ)を省(はぶ)く時(とき)は、自然(しぜん)と大事(だいじ)抜目(ぬけめ)あるべからず。斯(かく)の如(ごと)くして大臣(だいじん)の名(な)に叶(かな)ふべし。

 凡(おおよ)そ政事(まつりごと)名(な)を正(ただ)すより始(はじ)まる。今(いま)先(ま)づ重職(じゅうしょく)大臣(だいじん)の名(な)を正(ただ)すを本始(ほんし)となすのみ。

 

【口語訳】

重職とは、国(会社)の重要な事を処理する役職であって、この「重」の字の意味を忘れて軽々しく判断・行動してはならない。

大事に臨んで心に油断があるようでは、この重職を務めることはできない。まず立ち居振る舞いや言葉づかいを慎重にし、どっしりとした威厳を身につけるべきである。

重職は君主(社長)に代わって実務を執り行う大役であるから、重役が落ち着くことによって、はじめて万事が順調に進み、成果が上がって、複雑な問題も解決に向かい、人々の心も落ち着いてくる。これでこそ重職の名に相応しいといえるだろう。

また小さな問題にこだわっていては、重大な事に手抜かりが生じる。些細な事は省く方が、自然と大事な問題は抜かりなく対処できるのである。大臣(重役)たるもの、こうでなくてはならない。

およそ政治というものは、それぞれの職分に応じて、職責を果たすことから始まる。よって、まず重職大臣が、正しく本分を尽くすことから始めなければならない。

 

◆第二条 部下の活用

自分の好みで部下を使ってはならない

大臣(だいじん)の心得(こころえ)は、先(ま)ず諸(しょ)有司(ゆうし)の了簡(りょうけん)を尽(つく)さしめて、是(これ)を公平(こうへい)に裁決(さいけつ)する所(ところ)其(その)職(しょく)なるべし。もし有司(ゆうし)の了簡(りょうけん)より一層(いっそう)能(よ)き了簡(りょうけん)有(あ)りとも、さして害(がい)なき事(こと)は、有司(ゆうし)の議(ぎ)を用(もちい)るにしかず。有司(ゆうし)を引立(ひきた)て、気(き)乗(の)り能(よ)き様(よう)に駆使(くし)する事(こと)、用務(ようむ)にて候(そうろう)。

又(また)些少(さしょう)の過失(かしつ)に目(め)つきて、人(ひと)を容(い)れ用(もちい)る事(こと)ならねば、取(と)るべき人(ひと)は一人(ひとり)も之(これ)無(な)き様(よう)になるべし。功(こう)を以(もっ)て過(あやまち)を補(おぎな)わしむる事(こと)可(か)也(なり)。

又(また)賢才(けんさい)と云(い)う程(ほど)のものは無(な)くても、其(その)藩(はん)だけの相応(そうおう)のものは有(あ)るべし。人々(ひとびと)に択(え)り嫌(きらい)なく、愛憎(あいぞう)の私心(ししん)を去(さっ)て、用(もち)ゆべし。

自分(じぶん)流儀(りゅうぎ)のものを取(とり)計(はか)るは、水(みず)へ水(みず)をさす類(たぐい)にて、塩梅(あんばい)を調和(ちょうわ)するに非(あら)ず。平生(へいぜい)嫌(きら)いな人(ひと)を能(よ)く用(もちい)ると云(い)う事(こと)こそ手際(てぎわ)なり。此(この)工夫(くふう)あるべし。

 

【口語訳】

大臣(重役)の心得として、まず部下たちの意見をしっかりと出させ、これを公平に判断して裁決することがその職分である。もし自分に部下の意見より良いものが有るとしても、さして問題がない場合は、部下の考えを採用するほうがよい。部下を引き立てて、気持ち良く積極的に仕事をしてもらえるようにすることが重要である。

また、小さな過失にこだわって、人を受け容れ用いることがないならば、使える人は誰一人していなくなってしまう。次の機会の功績をもって、過ちを補わせればよい。

また、優秀という程の者がいなくても、それ相応の者はいるものだ。好き嫌いの私心を捨て去って、人を用いるべきである。

自分の好みの部下ばかり取り立てるのは、水に水をさすようなもので、味もそっけもない。日頃は嫌いな人をよく用いるのが手腕というもの。この工夫があるべきだ。

 

◆第三条 不易流行

守るべきものは守り、変えるべきものは変える

家々(いえいえ)に祖先(そせん)の法(ほう)あり。取(とり)失(うしな)うべからず。

又(また)仕来(しきたり)仕癖(しくせ)の習(ならい)あり、是(これ)は時(とき)に従(したがい)て変易(へんえき)あるべし。

兎(と)角(かく)目(め)の付(つ)け方(かた)間違(まちが)うて家法(かほう)を古式(こしき)と心得(こころえ)て除(の)け置(お)き、

仕来(しきたり)仕癖(しくせ)を家法(かほう)家格(かかく)などと心得(こころえ)て守(しゅ)株(しゅ)せり。

時世(じせい)に連(つ)れて動(うご)かすべきを動(うご)かさざれば、大勢(たいせい)立(た)たぬものなり。

 

【口語訳】

それぞれの家には祖先から引き継いできた伝統的な基本精神がある。これは失ってはならない。また、その他に「しきたり」「しくせ」という慣習もあるが、こちらは時の流れに従って変えていくべきである。とかく目の付け所を間違って、守るべき精神を古くさいと考えて除けてしまい、変えてもよい習慣を大事なもののように守ろうとしたりするのである。時代の流れに合わせ変えるべきものは変えなければ、大勢から取り残されてしまう。

 

守株 … ある農夫が偶然にも切り株にぶつかって死んだうさぎを拾った。

それ以来、彼は働くことをやめ、またうさぎがかかるのを待って

株の番をして暮らし、みんなの笑い者になった。 『韓非子』より

 

童謡『待ちぼうけ』 作詞・北原白秋/作曲・山田耕筰

待ちぼうけ 待ちぼうけ ある日せっせと野良稼ぎ そこに兔がとんで出て

ころりころげた 木のねっこ

待ちぼうけ 待ちぼうけ しめたこれから寝て待とか 待てば獲物が驅けてくる

兔ぶつかれ 木のねっこ

 

◆第四条 前例と変革

「きまり」「しきたり」にこだわるな

先格(せんかく)古例(これい)に二(ふた)つあり、家法(かほう)の例(れい)格(かく)あり、仕癖(しくせ)の例(れい)格(かく)あり、

先(ま)づ今(いま)此事(このこと)を処(しょ)するに、斯様(かよう)斯様(かよう)あるべしと自案(じあん)を付(つ)け、

時宜(じぎ)を考(かんが)えて然(しか)る後(のち)例(れい)格(かく)を検(けん)し、今日(こんにち)に引合(ひきあわ)すべし。

仕癖(しくせ)の例(れい)格(かく)にても、其(その)通(とお)りにて能(よ)き事(こと)は其(その)通(とお)りにし、

時宜(じぎ)に叶(かな)はざる事(こと)は拘泥(こうでい)すべからず。

自案(じあん)と云(い)うもの無(な)しに、先(ま)づ例(れい)格(かく)より入(い)るは、当今(とうこん)役人(やくにん)の通病(つうへい)なり。

 

【口語訳】

昔からの「しきたり」には二種類ある。一つは「家訓」その家の「きまり」であり、もう一つは仕癖という「慣習」である。

今ある問題を処理する場合、まず「このようにあるべきだ」という自分の案をつけて、時と場合を考えてから家訓や慣習の先例も調べた上で、今の時代の状況に適合するかどうかを判断すべきである。

慣習についても、よいものはそのままでよく、時の宜しきを得ない、時代に合わないことにいつまでもこだわってはならない。

自分の案も持たないで、家訓や慣習の先例から入るのは、今の役人・役職者の共通の病気である。

自案 … 自分の独特の案、自主的な案

意見と批判  ⇒  相手と考え方が異なるとき、

自案を持って異論を出すのが「意見」

自案も無しに否定をするのが「批判」

 当今役人の通病  ⇒  いつの時代にもある、リーダーがかかりやすい病気

 一貫性というのは、想像力を欠いた人間の最後の拠り所である。

オスカー・ワイルド  

 

◆第五条 タイミング

「機」に応ずる

応機(おうき)と云(い)ふ事(こと)あり肝要(かんよう)也(なり)。物事(ものごと)何(なに)によらず後(のち)の機(き)は前(さき)に見(み)ゆるもの也(なり)。

其(その)機(き)の動(うご)き方(かた)を察(さっ)して、是(これ)に従(したが)ふべし。

物(もの)に拘(こだわ)りたる時(とき)は、後(のち)に及(およん)でとんと行(ゆ)き支(つか)えて難渋(なんじゅう)あるものなり。

 

【口語訳】

「機」に応ずるということは大切なことである。何事によらず、後からやってくる機というものは事前に察知できるものである。その機の動きを察知し、それに反応すべきである。物にこだわっていてこの機を逃した時には、後で行き詰って苦労し、取り返しのつかないことになる。

リーダーはいつも「機」に「敏」でなければならない。

機会(チャンス)は前頭(まえがしら)だけに毛髪(かみのけ)があり、後頭(うしろあたま)ははげている。

もしこれに出(で)あったら前髪(まえがみ)を捕(とら)えよ。

一度(いちど)にがしたら、神様(かみさま)でもこれを捕(とら)えることは出来(でき)ぬ。

フランソワ・ラブレー    

小才(しょうさい)は、縁(えん)に出会(であ)って、縁(えん)に気(き)づかず、

中才(ちゅうさい)は、縁(えん)に気(き)づいて、縁(えん)を活(い)かさず、

大才(たいさい)は、袖(そで)ふれ合(あ)った、縁(えん)をも活(い)かす。

柳生(やぎゅう)但馬(たじま)守(のかみ)宗矩(むねのり)       

 

◆第六条 バランス感覚

公平と中庸

公平(こうへい)を失(うしの)うては、善(よ)き事(こと)も行(おこな)われず。

凡(およ)そ物事(ものごと)の内(うち)に入(はい)りては、大体(だいたい)の中(なか)すみ見(み)えず。

姑(しばら)く引除(ひきのけ)て活眼(かつがん)にて惣(そう)体(たい)の対面(たいめん)を視(み)て中(なか)を取(と)るべし。

 

【口語訳】

公平を失ってしまったら、よい結果は得られない。

何か問題が起こった時、その渦中に入っていては、全体はおろか中心も隅々も見えなくなってしまう。

こういう時はひとまずその中から抜け出して、少し離れて偏りのない眼で全体を観察し、その中心(皆の納得できるところ)を取るべきである。

リーダーにはバランス感覚が求められる。

バランスとは? ⇒ 2つを足して2で割って等しければいいということではない。

公平と平等  ⇒  「 公平 ≠ 平等 」

 

◆第七条 無理押付の戒め

「嫌がること」を押し付けるな

衆人(しゅうじん)の厭服(えんぷく)する所(ところ)を心(こころ)掛(がく)べし。

無理押付(むりおしつけ)の事(こと)あるべからず。

苛察(かさつ)を威厳(いげん)と認(みと)め、又(また)好(この)む所(ところ)に私(わたくし)するは皆(みな)小量(しょうりょう)の病(へい)なり。

 

【口語訳】

人々が満足することや嫌がることを常に心掛けるべきである。

けっして無理強いや押し付けがあってはならない。

人の欠点や失敗を細かく厳しく追及することを威厳と勘違いしたり、個人的好みだけで判断して事を運ぶのは、器量が小さい人物の病気である。

 おしつけ ⇔ しつけ

 

◆第八条 重職の禁句

「忙しい」というのは恥である

重職(じゅうしょく)たるもの、勤(つとめ)向(むき)繁多(はんた)と云(い)う口上(こうじょう)は恥(はず)べき事(こと)なり。

仮令(たとい)世話敷(せわしく)とも世話敷(せわしき)と云(い)わぬが能(よ)きなり。

随分(ずいぶん)手(て)のすき、心(こころ)に有余(ゆうよ)あるに非(あらざ)れば、大事(だいじ)に心(こころ)付(づ)かぬもの也(なり)。

重職(じゅうしょく)小事(しょうじ)を自(みずか)らし、諸役(しょやく)に任使(にんし)する事(こと)能(あた)わざる故(ゆえ)に、

諸役(しょやく)自然(しぜん)ともたれる所(ところ)ありて、重職(じゅうしょく)多事(たじ)になる勢(いきおい)あり

 

【口語訳】

重役(管理職)たるもの、「忙しい」という言葉を口にするのは恥ずかしい事である。たとえ本当に忙しくても、忙しいと言わない方がよい。

出来るだけ手をすかせ、心にゆとりを持つようにしないと、本来すべき大事な仕事に取り組めなくなる。

リーダーが小さな事まで自分でやり、部下に仕事を任せる事をしないから、

任せてもらえない部下たちは自然とリーダーにもたれかかって仕事をしなくなり、

結果的にリーダーがますます忙しくなってしまうのである。

 

◆第九条 人に任せてはいけない仕事

「信賞必罰」は絶対に自分でやれ

 刑(けい)賞(しょう)与奪(よだつ)の権(けん)は、人(じん)主(しゅ)のものにして、大臣(だいじん)是(これ)を預(あずか)るべきなり。

倒(さかしま)に有司(ゆうし)に授(さず)くべからず。斯(かく)の如(ごと)き大事(だいじ)に至(いたり)ては、厳敷(きびしく)透間(すきま)あるべからず。

 

【口語訳】

人を罰したり、褒めることも必要であり、刑罰や褒賞を与えたり奪うことの権限は

主君のものであって、大臣(重職)だけがこれを代行できる重い役目である。

この重大な権限は、部下に任せてはいけない。

信賞必罰の重大な仕事は、絶対に他人任せにせず、厳格に行わなければならない。

 

◆第十条 優先順位

何を先にし、何を後にするか

政事(まつりごと)は大(だい)小(しょう)軽重(けいちょう)の弁(べん)を失(うしな)うべからず。緩急(かんきゅう)先後(せんご)の序(じょ)を誤(あやま)るべからず。

徐緩(じょかん)にても失(しっ)し、火急(かきゅう)にても過(あやま)つ也(なり)。

着眼(ちゃくがん)を高(たか)くし、惣体(そうたい)を見廻(みまわ)し、両(りょう)三年(さんねん)四五年(しごねん)乃至(ないし)十年(じゅうねん)の内(うち)何々(なになに)と、

意中(いちゅう)に成算(せいさん)を立(た)て、手順(てじゅん)を逐(おう)て施行(しこう)すべし。

 

【口語訳】

仕事はまず何が重要で、何がそれほどでもないか、問題の大小軽重を見分けることが大切である。緩急や優先順位を間違えてはいけない。

時間をかけ過ぎてタイミングを失うこともあれば、急ぎ過ぎて失敗することもある。

重役(管理職)は視点を高くして、物事の全体を捉え、三年、四五年、あるいは十年の内にどうするかという見込みと計画を立て、手順をおって実行していくべきである。

 

◆第十一条 包容力

 いつも「大きな心」を持て

胸中(きょうちゅう)を豁(かつ)大(だい)寛(かん)広(こう)にすべし。僅少(きんしょう)の事(こと)を大造(たいそう)に心得(こころえ)て、狭(きょう)迫(はく)なる振舞(ふるまい)あるべからず。

仮令(たとい)才(さい)ありても其用(そのよう)を果(はた)さず。

人(ひと)を容(い)るる気象(きしょう)と物(もの)を蓄(たくわえ)る器量(きりょう)こそ、誠(まこと)に大臣(だいじん)の体(てい)と云(い)うべし。

 

【口語訳】

心は大きく寛容であるべき。

些細な事をたいそうに考え、こせこせと立ち振る舞うようではいけない。

そのような人は、たとえ素晴らしい才能を持っていようとも、重役(管理職)としての役目を果たすことはできない。重職失格である。

人を受け容れる大きな心と、何事も抱え込める器量こそが、真のリーダーの姿である。

 

◆第十二条 素直

 「虚心坦懐」人の意見に耳を傾けよ

大臣(だいじん)たるもの胸中(きょうちゅう)に定見(ていけん)ありて、見込(みこ)みたる事(こと)を貫(つらぬ)き通(とお)すべき元(もと)より也(なり)。

然(しか)れども又(また)虚(きょ)懐(かい)公平(こうへい)にして人(じん)言(げん)を採(と)り、沛(はい)然(ぜん)と一時(いちじ)に転(てん)化(か)すべき事(こと)もあり。

此(この)虚(きょ)懐(かい)転化(てんか)なきは我意(がい)の弊(へい)を免(まぬが)れがたし。能々(よくよく)視察(しさつ)あるべし。

 

【口語訳】

リーダーたるもの、信念を持って、決めたことを貫き通すようでなくてはならない。

しかしまた、虚心坦懐、素直な心で人の意見に耳を傾け、それが正しいとき、最善と思われる場合は、急きょ一変しなければならないこともある。これが出来なければ、何でも自分の意見をゴリ押しする弊害を免れない。よくよく自省することである。

 

◆第十三条 抑揚と調和

 「信」を大切にし、「義」を判断基準とせよ

政事(まつりごと)に抑揚(よくよう)の勢(せい)を取(と)る事(こと)あり。有司(ゆうし)上下(じょうげ)に釣合(つりあい)を持(もつ)事(こと)あり。能々(よくよく)弁(わきま)うべし。

此所(このところ)手(て)に入(いり)て信(しん)を以(もっ)て貫(つらぬ)き義(ぎ)を以(もっ)て裁(さい)する時(とき)は、成(な)し難(がた)き事(こと)はなかるべし。

 

【口語訳】

現場においては、時に応じて抑揚・メリハリ・強弱・アクセントのようなものが必要なこともある。また上下関係の調和・釣り合いを保つことも大切。これをよく弁え、心得たうえで信頼関係を大切にし、正しい筋の通ったことを判断基準にしていけば、難しい事はなくなるだろう。

 

◆第十四条 省くということ

 「作為」は排除し、手数を省いてシンプルに

政事(まつりごと)と云えば、拵(こしら)え事(ごと)繕(つくろ)い事(ごと)をする様(よう)にのみなるなり。

何事(なにごと)も自然(しぜん)の顕(あらわ)れたる儘(まま)にて参(まい)るを実(じっ)政(せい)と云(い)うべし。

役人(やくにん)の仕(し)組(くむ)事(こと)皆(みな)虚政(きょせい)也(なり)。老臣(ろうしん)など此風(このふう)を始(はじ)むべからず。

大抵(たいてい)常事(じょうじ)は成(なる)べき丈(だけ)は簡易(かんい)にすべし。手数(てかず)を省(はぶ)く事(こと)肝要(かんよう)なり。

 

【口語訳】

政治といえば、作為の多い作り事、破れたところだけ繕うようになりがちである。

しかし何事もありのまま誠の心で治めていくのが本当(実政)で、役人の作為により仕組まれたものは偽り(虚政)である。ベテランのリーダーはこのような悪しき風潮を広めてはならない。通常の仕事はできるだけ簡易に、手数を省いてシンプルにすることが大切である。

 

◆第十五条 表裏なく「本心」で動け

 世の風潮は必ず上から起こり、下に伝わる

風儀(ふうぎ)は上(かみ)より起(おこ)るもの也(なり)。

人(ひと)を猜疑(さいぎ)し、蔭事(いんじ)を発(あば)き、たとえば、誰(だれ)に表向(おもてむき)斯様(かよう)に申(もう)せ共(ども)、

内心(ないしん)は斯様(かよう)なりなどと掘出(ほりだ)す習(ならい)は甚(はなはだ)あしし。

上(かみ)に此風(このふう)あらば、下(しも)必(かならず)其(その)習(ならい)となりて、人心(じんしん)に癖(くせ)を持(も)つ。

上下(じょうげ)とも表裡(ひょうり)両般(りょうはん)の心(こころ)ありて治(おさ)めにくし。

何分(なにぶん)此(この)六(むつ)かしみを去(さ)り、其事(そのこと)の顕(あらわ)れたるままに公平(こうへい)の計(はから)いにし、

其風(そのふう)へ挽回(ばんかい)したきものなり

 

【口語訳】

世の風潮、日常の生活態度は、上から始まって下に伝わっていくものである。

人を疑ったり、隠し事をあばいたり、例えば「誰それは表向きこのように言っているが本心は違う」などと掘り出すようなことは、甚だ悪しきものである。

上に立つ人がこんな風潮ならば、下は必ずこれを真似て、人々に悪習がつく。

上から下まで心に表裏ができて相手を信頼しなくなれば、組織は治まらない。

このような難しい風土は取り去って、ありのまま公平・正直に、物事が行われる組織にしていきたいものである。

 

◆第十六条 情報開示と守秘

物事(ものごと)を隠(かく)す風儀(ふうぎ)甚(はなはだ)あしし。

機事(きじ)は密(みつ)なるべけれども、打出(うちだ)して能(よ)き事(こと)迄(まで)も韜(つつ)み隠(かく)す時(とき)は、

却(かえっ)て衆人(しゅうじん)に探(さぐ)る心(こころ)を持(も)たせる様(よう)になるもの也(なり)。

 

【口語訳】

情報を隠すという風潮は非常に悪い。

もちろん大切な問題は秘密にしなければならないが、開示してよいことまで隠せば、かえって社員(部下)に上層部を疑う心を持たせてしまうものだ。

リーダーは情報の開示と守秘のけじめをはっきりとさせるべきである。

 

◆第十七条 人心一新

 部下の心を「明るく」せよ

人(じん)君(くん)の初政(しょせい)は、年(とし)に春(はる)のある如(ごと)きものなり。

先(まず)人心(じんしん)を一新(いっしん)して発揚(はつよう)歓欣(かんきん)の所(ところ)を持(も)たしむべし。刑(けい)賞(しょう)に至(いたっ)ても明白(めいはく)なるべし。

財帑(ざいど)窮迫(きゅうはく)の処より、徒(いたずら)に剥落(はくらく)厳沍(げんご)の令(れい)のみにては、始終(しじゅう)却(かえっ)て行(ゆき)立(たた)ぬ事(こと)となるべし。

此(この)手心(てごころ)にて取扱(とりあつかい)あり度(たき)ものなり。

 

【口語訳】

新リーダーの就任は、ちょうど新しい春を迎えるのと同じである。

まずは部下たちの心を明るく一新して、意気盛んに楽しめるものにすべきである。

そのためには信賞必罰も、公平・明確にしなければならない。

財政が苦しいからといって、倹約や減俸、気分が落ち込むような厳しく寒々した命令ばかりでは、前途は真っ暗でうまくいくはずがない。

リーダーはこうしたことをよく心得て、清く明るく、楽しいチーム(組織)を作っていきたいものである。

 

春風を以て人に接し、秋霜を以て自ら粛む。

佐藤一斎 『言志後録』 

春風の心を持ったリーダーに、人はなびくのである。

最後に・・・

私が学んでいる「関西師友協会」において、各種の勉強会を始める際に、

必ず全員で唱和している言葉を紹介します。

我(われ)ら勝(しょう)縁(えん)によって相(あい)学(まな)ぶ。

一(いっ)斎(さい)先生(せんせい)曰(いわ)く、

少(わか)くして学(まな)べば、壮(そう)にして為(な)すあり。

壮(そう)にして学(まな)べば、老(お)いて衰(おとろ)へず。

老(お)いて学(まな)べば、死(し)して朽(く)ちず。

 

一般社団法人 関西師友協会

師友参学会 講師

株式会社 Mフードコンサルティング

取締役 川島 健

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